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母の日の由来や意味をご存知?起源には二人の女性の活躍が!

投稿日:2017年1月20日 更新日:

While the nation and its millions are paying tribute to America's mothers next Sunday, May 11, this grand old lady, whose devotion to her own mother resulted in the national observance of Mother's Day, will be resting quietly in a West Chester Sanitarium. She is Miss Anna M. Jarvis, now 83, blind and quite deaf, founder of Mother's Day. This photograph of Miss Jarvis was made before she became an invalid. When her mother died on May 23, 1905, Miss Jarvis worked untiringly to have the second Sunday in May set aside each year as a day of honor to the mothers of the nation. --- Image by © Bettmann/CORBIS

( Image by © Bettmann/CORBIS)

五月の第二日曜日は「母の日」ですね。

準備は万端ですか?

ところで「母の日」って何が由来かご存知でしょうか?

今では当たり前すぎて「日本以外でもあるんですか?」と言われるくらいです。

実は発端はアメリカだと言われています。

そこにまつわる二人の女性が「母の日」に大きく影響しているようです。

少し調べてみましょうか?

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母の日の由来や意味について

実は「母の日」と似た行事(祝祭)は昔からあったようです。

例えば、古代ローマ時代の神々の母リーアに対する感謝する意味での春祭り。

十七世紀のイギリスで「復活祭イースター」の40日前の日曜日を「マザーズサンデー」とし、母親と過ごすために出稼ぎ労働者を里帰りさせていた。

まあ、普通に考えても母親を大事にする習慣は世界各地であったでしょうね。

でも今日に見られる「母の日」は、1905年5月9日アメリカのフィラデルフィアに住む少女「アンナ・ジャービス」が母の死に遭遇したことで、生前に母を敬う機会を設けようとしたことに由来します。

やがてこの活動が全米を動かし、1914年。当時の大統領「ウィルソン」が5月の第二日曜日を「母の日」と制定し、国民の祝日となった。ということです。

ざっくり言えばこんな感じですが、もう少し深掘りしてみましょう。

カギとなるのは二人の女性「アンナ・ジャービス」と「その母親」です。

母の日の起源は二人の女性の影響

「アンナ・ジャービス」の母親の名は「アン・リーブス・ジャービス」です。

彼女は1850年代に、ウェストバージニア州で女性による社会活動を展開していました。

内容は衛生状態を改善し、病気治療と母乳の汚染防止を通じて、乳児死亡率を低減することを目的とした活動「母のデイワーク・クラブ」を組織してました。

1861~1865年の南北戦争中には、南北双方の負傷兵を看護する活動もしていたそうです。

その他にも、南北戦争後、ジャービスら女性たちが中心に、「母の友情の日」と題したピクニックやその他の催しを開いて、かつての敵同士を結びつける平和活動を行っていました。

そんなアン・リーブス・ジャービスが1905年に他界します。そのことがきっかけで娘のアンナは立ち上がり、母を敬う機会を設けようと奔走します。

長年母親の活動を見て大いに母親を尊敬していたアンナは、1907年に(死後2年目)教会で記念会を持ち、亡き母を偲び白いカーネーションを送りました。

アンナの母への想いに感動した人々は、母を憶える日の大切さを認識し、翌1908年5月10日同教会に470人の生徒と母親達が集まり最初の「母の日」を祝いました。

アンナは参加者全員に、母親が好きであった白いカーネーションを手渡したそうです。

アンナの出身地であるウェストバージニア州グラフトンや、アンナが当時住んでいたペンシルバニア州フィラデルフィアなど数都市で「母の日」の祝いが始まりました。

「母の日」は多くの市や州で祝われるようになり、最終的には1914年にウィルソン大統領によって、5月の第2日曜日が正式に祝日と定められるほど全米で定着しました。

しかし、興味深いことに「母の日」設立の立役者であったアンナは、後に「母の日」の反対者になります。なぜでしょうか?

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母の日に反対をしていた?その理由は?

アンナが提唱していた「母の日」はごく些細なものでした。

静かに教会に行き、母親に子供たちが感謝の手紙を渡すというものでした。

しかし、特に「カーネーション」が独り歩きしてしまい、非常に人気を博し高値で取引されるようになりました。

手紙もいつしか「グリーティングカード」になり、キャンディを添えて渡すなど商業主義にまみれるように変貌したのです。

純粋な母親への感謝の日という趣旨がドンドン違う方向へ行くことに危惧したアンナは、受け継いだ財産をもとに「反対運動」に率先するようになったのです。

もちろん、「母の日」を無くすのではなく、原点に立ち返ろうというものです。しかし、中々上手くいきませんでした。

行き過ぎた時もあり1930年にアンナは母の日のカーネーションの販売の営業妨害をしている罪で逮捕されるなんてこともあったそうです。

彼女の本来の願いとはかけ離れた形で「母の日」はその後アメリカのみならず世界で定着していきました。

「母の日」を改革しようというアンナの熱心な活動は、少なくとも1940年代初めまで続いたそうです。

1948年アンナはフィラデルフィアのマーシャル・スクエア療養所で84年の生涯を閉じました。

まとめ

いかがでしょうか?

「母の日」設立のいきさつを知ると、何か複雑な心境になりそうですよね?

偉大な母親への感謝の心を純粋に伝えたい!その思いをすべての人と分かち合いたい!

アンナの切なる思いも良く分かりますね。

感謝の気持ちを”どっさりプレゼント”に託す予定だったかもしれませんが・・・

シンプルに「母さん。ありがとう」の言葉を届けたいですね。

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